ソーシャルゲーム業界へ

梶原吉広さんはあれこれと試しながら、2009年の春からソーシャルゲームのサービスを始めたそうです。

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ソーシャルゲーム業界へ

広告代理店を経営していた時も2億円以上の売り上げがあったわけですが、梶原吉広さんは一度しかない人生なので、思い切って冒険してみようと思ったそうです。

3人の会社で2億円も稼ぐので、3人ともよく働いたのだと思いますが、そこで終わらないで事業を大きくするのは、本当に勇気がいると思いますし、成功する見込みがなければできませんね。

梶原吉広さんの会社は、最初はパーソナルホームページとSNSを合わせたものを売り出したり、携帯電話向けのSNSのサービスを始めたりしたそうですが、いまいち大きな売り上げには結びつかなかったそうです。

それから、あれこれと試しながらソーシャルゲームのサービスを始めたそうです。

そして、2009年の春に渋谷を舞台にしたゲームを出しました。

このゲームは、自分がギャルやヤンキーなどの渋谷を思わせる人物になり、友達同士でチームを作って、違うチームといろいろな競争をしながら渋谷を統一していく物語で、アイテムの課金で武器や防具を装備させることもできるそうです。

そしてこのゲームは、モバゲータウンがオープンした波に乗って、わずかの間に会員が30万人にも上ったそうです。

そのために、3日間で30回か40回くらいサーバがダウンしたりして、ダウンする度に手動で直したので、数日間はまったく熟睡できなかったそうです。

当時は会社の人数も10人くらいだったそうで、10人で交代しながら24時間体制で対応していたそうです。

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